名寄本線(名寄〜遠軽)

〔最終更新日: 2014/12/22〕
網走地方への北廻り幹線短絡ルートとして敷設。
石北本線開業までは、網走方面への北廻りおよび最短メインルートだったようである。
石北本線が網走方面へのメインルートになってからは、長大ローカル線のようになってしまった。
赤字ローカル線廃止の一環で、1989(平成元)/04/30 に廃止。
「本線」と名が付く路線で唯一の廃止路線らしい。

廃止直前まで、興部〜紋別〜中湧別の区間が、オホーツク縦貫鉄道構想の基に存続運動があり、
この路線はそれを成す路線の一部だったが、実現せず。
また、遠軽〜紋別の区間、名寄〜下川の区間を第3セクターで残す動きもあったが、これも実現せず。

路線概要

※ NASA World Wind 1.3 のランドサット衛星画像を使用しています。

名寄本線路線ルート図

総延長  138.1km (営業キロ・時刻表より)
全線開通 1921(大正10)年10月 5日
廃止   1989(平成元)年 4月30日

この路線は全区間単線・非電化である。名寄で宗谷本線、遠軽で石北本線に接続する。

・略史

1915(大正 4)/11/05 遠軽軽便鉄道(軌間 762mm)として、下生田原(現在の 安国)〜遠軽〜社名淵 開通
1916(大正 5)/11/07 改軌 (762mm → 1067mm) 遠軽〜社名淵 (現遠軽町)
1916(大正 5)/11/21 社名淵〜中湧別(現上湧別町) 〜 下湧別(現湧別町) (16.6km) 開通
1919(大正 8)/10/20 名寄〜下川 (16.5km) 開通
1920(大正 9)/10/25 下川〜上興部 (22.4km) 開通
1921(大正10)/03/25 中湧別〜紋別〜興部 (54.1km) 開通(名寄東線として)
 路線名変更 名寄線 → 名寄西線
1921(大正10)/10/05 上興部〜興部 (28.9km) 開通 (全線開通)
 路線名変更 名寄東線・名寄西線 → 名寄線
1922(大正11)/09/02 路線名変更 遠軽軽便鉄道 → 湧別線(遠軽〜下湧別、軽便鉄道法の廃止による)
1923(大正12)/11/05 路線名変更 名寄線 → 名寄本線(中湧別〜名寄)
1932(昭和 7)/10/01 路線編入 遠軽〜中湧別〜下湧別
1934(昭和 9)/02/05 駅名変更 社名淵 → 開盛
1954(昭和29)/11/10 駅名変更 下湧別 → 湧別
1989(平成元)/04/30 廃止 遠軽〜名寄

湧別線の名残り 〜 湧別支線

名寄本線のうち、中湧別〜湧別 (4.9km) の区間は、湧別支線と言われていた。
この区間は元々、北見(当時は 野付牛)〜留辺蘂〜遠軽〜中湧別〜湧別(当時は下湧別) を結ぶ国鉄 湧別線として供用されていた区間。

略史の部分にも記載されているが、1932(昭和 7)/10/01 に、遠軽〜下湧別間が名寄本線に編入されると、残区間の野付牛〜留辺蘂〜遠軽 は石北線に編入されたため、湧別線そのものの名称が消えてしまう形になる。
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