石北本線(新旭川〜網走)

〔最終更新日: 2014/12/22〕
この路線は、元々幹線鉄道として建設されたものではなく、複数線区統合で本線に昇格した路線。
新旭川〜北見間はローカル鉄道として建設された。
現在は、網走・北見方面の鉄道メインルートになっている。

この路線は元々、新旭川〜遠軽間の石北線、遠軽〜北見間の湧別線、北見〜網走間の網走本線の3区間
に分かれていた路線を 1961(昭和36)年に線区統合したものである。

路線概要

※NASA World Wind 1.3 のランドサット衛星画像を使用しています。

赤色区間:旧石北線建設区間 (新旭川〜遠軽)
橙色区間:旧湧別線建設区間 (遠軽〜北見)
青色区間:旧網走本線建設区間 (北見〜網走)

石北本線路線ルート図

総延長  234.0km(営業キロ・時刻表より)
全線開通 1932(昭和 7)年10月 1日

この路線は全区間単線・非電化である。新旭川で宗谷本線に、網走で釧網本線に接続する。

・略史(旧 網走本線区間)

1912(大正元)/10/05 野付牛(現 北見)〜美幌〜網走 (53.0km) 開通〔網走線全線開通〕
1912(大正元)/11/18 路線名変更 網走線 → 網走本線

・略史(旧 湧別線区間)

1912(大正元)/11/18 野付牛(現 北見)〜留辺蘂 (22.8km) 開通 〔湧別軽便線として〕
1914(大正 3)/10/05 留辺蘂〜下生田原(現 安国) (29.4km、軌間 762mm) 開通 〔湧別軽便線として〕
 路線名変更 湧別軽便線(野付牛〜留辺蘂間のみ)→ 留辺蘂軽便線
1915(大正 4)/11/01 下生田原〜遠軽〜社名淵 (15.8km) 開通 〔湧別軽便線として〕
1916(大正 4)/11/07 改軌 (762mm → 1067mm) 留辺蘂〜遠軽〜社名淵
 路線統合 留辺蘂軽便線(野付牛〜留辺蘂)を 湧別軽便線に編入
1922(大正11)/09/02 路線名変更 湧別軽便線 → 湧別線 〔軽便鉄道法廃止に伴うもの〕
1932(昭和 7)/10/01 線区分離 遠軽〜野付牛を石北線に編入 〔石北線全線開通に伴うもの〕

・略史(旧 石北線区間)

1922(大正11)/11/04 新旭川〜愛別 (25.9km) 開通 〔石北線として〕
1923(大正12)/11/15 愛別〜上川 (19.0km) 開通 〔石北線として〕
1927(昭和 2)/10/10 遠軽〜丸瀬布 (18.9km) 開通 〔石北東線として〕
 路線名変更 石北線 → 石北西線(新旭川〜上川) 〔石北東線開通に伴うもの〕
1929(昭和 4)/08/12 丸瀬布〜白滝 (19.7km) 開通 〔石北東線として〕
1929(昭和 4)/11/20 上川〜中越(現 上川町) (12.3km) 開通 〔石北西線として〕
1932(昭和 7)/10/01 中越(現 上川町)〜白滝 (25.0km) 開通 〔石北線 全線開通〕
 遠軽〜野付牛(湧別線)を石北線に編入 〔石北線全線開通に伴うもの〕

・略史(1932/10/01 の全線開通後)

1934(昭和 9)/02/05 駅名変更 上相ノ内 → 相ノ内 (現 北見市)、相ノ内 → 東相ノ内 (現 北見市)
1942(昭和17)/10/01 駅名変更 野付牛 → 北見
1946(昭和21)/03/01 駅名変更 下生田原 → 安国 (現 遠軽町)、上生田原 → 生田原 (現 遠軽町)
1951(昭和26)/07/20 駅名変更 奔無加 → 金華 (現 北見市留辺蘂)
1961(昭和36)/04/01 路線名変更 網走本線 網走〜北見、石北線 北見〜新旭川 → 石北本線
1997(平成 9)/04/01 駅名変更 相ノ内 → 相内 (現 北見市)、東相ノ内 → 東相内 (現 北見市)

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